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かつらの 歴史を た どる 古代エジプトから 日本の 鬘文化まで
かつらは、数千年にわたって受け継がれてきた装いの文化です。世界と日本、それぞれの歩みをご紹介します。
かつらというと現代的な製品を思い浮かべる方が多いかもしれません。けれども、かつらの歴史は数千年前までさかのぼります。人が髪に何かを足して装うという行為は、文字が生まれるよりも古い時代から続いてきました。
ここでは世界と日本のかつらの歴史をたどりながら、その役割がどう変わってきたかをご紹介します。
「かつら」の 語源は 植物の 「かづら」
日本語の「かつら」は、つる草を意味する「かづら(葛・蔓)」に由来するといわれています。古代の日本では、つる草や花を髪や頭に巻きつけて飾る風習があり、これを「かづら」と呼びました。『古事記』や『万葉集』にもこの言葉が見られます。
やがて植物の飾りから、髪を美しく見せるための添え髪そのものを指すようになり、漢字では「鬘」の字が当てられました。今日の「かつら」という言葉は、この長い流れの先にあります。装うための道具として始まった、という出発点は覚えておく価値があります。
古代エジプトから 始まった かつらの 文化
世界でかつらの使用が確認できる最も古い例のひとつが古代エジプトです。紀元前の遺跡や墓からかつらが出土しており、当時の壁画にもかつらを身につけた人々が描かれています。
古代エジプトでかつらが広く使われた理由は複数あると考えられています。強い日差しから頭部を守ること、髪を短く整えることで清潔を保ちやすくしたこと、そして身分や地位を示す装飾としての役割です。素材には人毛のほか、植物繊維や羊毛が使われたと伝えられています。装飾品としての完成度は高く、金や宝石で飾られたものも残されています。
その後、古代ギリシャや古代ローマにもかつらの文化は広がりました。ローマでは髪色を変える手段としても用いられ、装いの選択肢のひとつとして定着していたようです。
ヨーロッパ宮廷で 花開いた かつら
フランス宮廷から 広まった 男性の かつら
かつらが最も華やかだったのは17世紀から18世紀のヨーロッパです。フランス国王ルイ13世が薄毛を隠すためにかつらを用い、それが宮廷に広まったと伝えられています。続くルイ14世の時代にはかつらは大型化し、長く豊かな巻き毛のかつらが権威と流行の象徴になりました。
この流行はイギリスをはじめヨーロッパ各国に広がります。当時のかつらは高価で手入れにも人手が要ったため、身につけられること自体が地位を示すものでした。18世紀末には社会の変化とともに日常での着用は下火になっていきます。
今も 残る 法廷の かつら
この時代の名残として現在まで続いているのが、イギリスなどの法廷で裁判官や法廷弁護士が着用するかつらです。実用のためというより、職務の公正さと伝統を示す装いとして受け継がれています。かつらが「隠すもの」ではなく「示すもの」であった時代の記憶が、そのまま制度として残っている例といえます。
日本の かつらの 歴史
古代から 平安へ 結髪と 添え髪
日本では古代から髪を結い上げる文化が発達しました。平安時代の貴族女性は長く垂らした髪を美しさの基準としており、髪の量や長さが重んじられました。そのため、足りない部分を補う添え髪が用いられるようになります。豊かな髪が整った装いの条件だったからこそ、それを支える道具が必要とされたわけです。
宮中に 受け継がれた 結髪の 伝統
宮中の儀式の装いにも、古式の結髪が受け継がれてきました。即位に関わる儀式などで皇族の方々が身につける伝統装束には、それぞれ定まった髪の形があります。なかでも皇后が大礼服とともに結われる「大垂髪(おすべらかし)」は、添え髪を用いて大きく整える髪形として知られています。
なお、天皇の伝統装束では頭に「冠(かんむり)」を戴きますが、これはかつらではなく冠位を示す被り物です。宮中の装いを調べていると両者が混同されがちですが、役割は別のものです。日本の伝統文化においてかつらや添え髪が果たしてきたのは、髪形を整え、格式ある装いを支える役目でした。
江戸時代の 「かもじ」
江戸時代になると、髪を結い上げる髷(まげ)の文化が庶民にまで広がります。このとき広く使われたのが「かもじ」と呼ばれる添え髪です。髷の形を整え、ボリュームを出すために用いられ、髪結いの職人が扱いました。江戸時代の多彩な髪形は、かもじの存在があってこそ成り立っていたといえます。
能・歌舞伎の 鬘と 「床山」
日本のかつら文化を語るうえで欠かせないのが伝統芸能です。能や歌舞伎では、役柄や年齢、身分を一目で示す装置として鬘(かつら)が発達しました。鬘を仕立て、結い上げ、役者に合わせて調整する「床山」という専門職も生まれ、その技術は今日まで受け継がれています。舞台で見る一つひとつの髪形には、役を伝えるための意味が込められています。
日本のかつらの歴史をたどると、髪を隠すためではなく「結い上げる」ために発達してきたことが分かります。髪形そのものが身分や年齢、既婚か未婚かを示す言語だった時代が長く続いたため、その表現を支える道具として添え髪が磨かれてきました。
近代から 現代へ 素材と 技術の 進化
明治以降、洋装が広まると髪形も大きく変わり、伝統的な結髪は日常の場面から離れていきます。一方で20世紀に入ると化学繊維が発達し、かつらの素材と作り方は大きく前進しました。人工毛の登場によって手入れの負担は減り、価格も身近になっていきます。
近年はベースの素材も進化しました。地肌のように薄い人工皮膚や、通気性の高いネット素材が使えるようになり、生え際や分け目の自然さは以前とは比べものになりません。素材ごとの違いはかつらの素材で詳しく解説しています。
製品の幅も広がりました。頭全体を覆うものから、気になる部分だけを補うもの、治療にともなう脱毛に配慮したものまで、目的に応じて選べます。種類の整理はかつらの種類と選び方をご覧ください。
歴史から 見える かつらの 役割の 変化
こうして振り返ると、かつらの役割は時代ごとに姿を変えてきたことが分かります。古代エジプトでは衛生と身分の象徴、ヨーロッパ宮廷では権威と流行の表現、日本では髪形を整えるための道具。そして現代では、髪のお悩みに向き合いながら自分らしく過ごすための選択肢になりました。
共通しているのは、かつらがいつの時代も「装う」ための道具だったということです。隠すためだけのものではなく、その人が人前に出るための支えとして使われてきました。今かつらを検討されている方にとっても、この見方は少し気持ちを軽くしてくれるかもしれません。
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